はじめて

愛犬との別れは必ずやってくるということ。

こんな方におすすめ

  • 犬を飼っている全ての方

1年前の10月21日。8年連れそったミニチュアダックスのマロンが天に召されました。年齢は13歳と9か月でした。もともとは奥さんが飼っていた犬で、後に自分が加わった形です。

彼はアラバマ州の牧場で生まれました。牧場主さんは何匹か生まれたうちの一匹をキープし、その他の子供たちをWebサイトで里子に出していました。

ダックスを探していた彼女がそのWebサイトを発見した時、残っていたのはマロンだけ。他の子は生後60日くらいで里親が見つかっていたのに、一匹だけ里親が見つからず、その時すでに90日だったという事です。

運命というものがあるのかはわかりませんが、誕生日は彼女と同じ1月18日。決断するのに10秒もいらなかったとのことです。

 

それから14年弱。辛い時も楽しい時もたくさんの時間を共有したマロンは我が家でその生涯を閉じました。

愛犬を亡くした方がよくおっしゃるのは、元気に見えても悪くなったらあっという間だということ。自身も経験して本当にその通りだと思いました。

様子がおかしいなと思ってから亡くなるまでは2日ほど、原因は膀胱結石からくる腎不全でした。なんでそんなになるまで気づいてあげられなかったんだろうと 今でも本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。

これから書くことは彼の死と直接関係ないかもしれません。しかし思い返すと、もしかしたらこれが前兆だったのかもしれないと思う事もあります。これから同じ境遇に出会った人が悲しい思いをしなくてすむよう、記録として残しておきたいともいます。ひとつの事実としてご参考にしていただければ幸いです。

定位置にて。

 

亡くなる3か月前の変化

亡くなる3か月前に引っ越しをしました。5年間住んだ前の家は裏庭があり、毎日5回くらい裏庭に出してあげていました。

そんなにするかねというくらい毎回おしっこをしていました。足をあげても出ていないときもありました。

いつかの裏庭にて。

 

新しい家はマンションなため、共働きの我が家では1日5回の散歩に連れていくことが難しく、朝、昼、晩の3回に数が減りました。その代わりバルコニーに室内用のトイレを置き、いつでも排泄できるようにしておきました。

妻が一人暮らしの時を合わせると、引っ越し自体は6回くらい経験しているはずなので、住処が変わることの犬への負担はあまり大きくは考えていませんでした。

現に引っ越し初日からちゃんと排泄ポイントを見つけ、以後ずっと決まった場所でしていたので、すぐにリズムをつかんだかなと思っていました。

今思うと1度にする尿の量が少し多かったかもしれません。それでお室内にも排泄できるところがあるし、したくなったらそこでするだろうと軽く考えていました。もちろん室内トイレで何度かしていたのを見ていた故の判断です。

 

しかし、後に犬好きの母に言われたのですが、これが原因ではないかということです。

老犬になると環境の変化に適応するのが難しくなります。5年間繰り返してきた排泄のリズムが変わり、景色、匂いも変わることは老犬にとってとてもストレスを感じてしまうとのことです。

老犬になると目や耳が弱くなってきます。昔のように状況判断ができにくくなります。もしも選択の余地があるのならば、老犬になってから引っ越すのは極力避けたほうが良いと思います。やむをえない場合はレイアウトを前の家と似せたり、家具を再利用するなりしたほうが良いと思います。

新しい空間にしたい気持ちはわかりますが、愛する犬のためにそこはぐっと我慢です。

 

亡くなる2日前の変化

その日は日曜日。いつも通り朝の散歩を済ませ、食事を与えました。いつもならすぐに食べるのに全く手をつけませんでした。

といっても初めてのことではなかったので、特に気に留めていませんでした。夕方くらいに思い出したように食べ始めることはよくあったためです。

 

今思い返すと、最初の違和感を感じたのはここからです。

いつもは私か妻の近くで丸まって寝ているのに、その日は遠く離れた(人間用の)トイレの奥で丸まっていました。「おいで」というとゆっくり立ち上がり自分の方に寄ってきます。なにか悪いことでもしたかなーと思って家の中を見回しても特に変わったことはありませんでした。

 

次の違和感は排泄です。

それから2時間ほど私の近くで丸まっていたのですが、突然立ち上がってふらふらと遠くの部屋のドアのところまで行きおしっこをしました。

私はその時「なんでここにおしっこするの?トイレはあっち!」と怒ってしまいました。

この時のことをとても後悔しています。とても駄目な飼い主です。彼は膀胱結石で満足におしっこができなかったのです。仮にそうでなくても、13歳は立派な老犬なんだからおもらしくらいします。なんで怒ったりしたのだろう。本当にゴメン。

 

緊急病院へ

 

違和感が確実になったのが夜10時ごろです。

夜の散歩も終えて、またしばらく寝ていたのですが、急に部屋の中をうろうろしはじめて、嘔吐しました。

水をあげてもすぐに吐いてしまいました。これはおかしいと思い、病院に連れていこうとしたのですが、その日は日曜で既に9時。動物病院は空いていないので緊急動物病院を探すことに。

幸運にも30分くらい車を走らせたところに発見し、連れていきました。

 

この時の彼の様子は特に苦しそうな様子はありませんでした。呼吸も安定していて目もしっかりとしています。

ただ、自分で歩こうとしません。いや、歩けなかったのだと思います。。犬はとても我慢強い動物です。多少痛くても飼い主さんに見せないといいます。思い出すと涙がでます。

 

受付を済ませるとすぐに獣医さんがやってきました。すぐに調べると言われ、待つこと20分。ここで初めて膀胱結石があるという事実を知りました。

 

追記:犬の膀胱結石について調べていたことをまとめました

犬の膀胱結石について。愛犬を失う前に知っておきたいこと。
犬の膀胱結石について。愛犬を失う前に知っておきたいこと。

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切開手術はここではできないから、尿道からカテーテルを入れて取り急ぎ尿道をふさいでいる石だけ取り除くとのこと。さらに20分ほど待っていると、取れた石ときょとん顔のマロンを連れてきてくれました。

根本対応をしたわけではないから、次の日獣医さんに予約を取りなさいと言われました。

 

運の悪いことに翌日から奥さんは出張。とても仕事が忙しい時期だったので私が面倒を見るからと出張へ行かせました。

 

これは私の人生でワースト5に入る最悪の決断でした。

なぜなら、結局これが彼女が見たマロンの生前最後の姿となってしまったためです。

 

本診察、手術へ

月曜日は午前休をとって獣医さんへ連れていきました。かかりつけの獣医さんは基本的に予約しか受け付けていないのですが、事情を説明し、すぐに緊急手術をしてもらいました。

とりあえず獣医さんに預けることができたので会社に戻ったのですが、すぐに病院から連絡がありました。

切開したところ15個もの石があり、膀胱が変色しているとのこと。元に戻るかどうかはわからない。これからの2週間でおこる可能性としては3つ。もと通り治るか、膀胱に管をつける生活になるか、そのまま亡くなってしまうか。そう告げられました。

 

まだ決定したわけじゃないのに、涙が止まらなくなりました。すぐに妻に電話をして電話口で二人で泣きました。

最悪の事態を考えました。とにかくすぐに帰って来なさいと伝えました。

 

獣医さんにあと数時間で死んでしまう可能性もあるか?と聞いたら、可能性は低いがゼロではないと言われました。確実に言えるのは、現在麻酔で眠っているがこのまま死んでしまうことはないということ。あと数時間したら起きてくるから、希望するのであれば救急病院に入院させることもできる。そう言われました。

 

救急病院は急な様態悪化には対応できますが、もしその時が急にやってきたら看取ることができません。

私たちは迷わず自宅へ引き取る選択をしました。

 

いろいろな考えがあると思います。救急病院にいたら助かる命だったかもしれません。

自宅に連れ帰ったのは私たちのエゴかもしれません。

ただ、自分の体に何かが起きていて、不安で不安でしょうがない彼を病院にひとりぼっちにさせることは僕らにはできませんでした。

 

引き取りから最後の時まで

夕方6時、仕事を早く切り上げ病院へお迎えに行きました。

麻酔のせいか看護師さんへ抱きかかえられてやってきた彼の眼はまだ少しぼんやりしています。しかししっかりと私を見る目に「ああ、きっと大丈夫だ」とこの時は思いました。

引き取った直後。そして生前最後の写真となりました。

 

看護師さんから受け取り抱っこをしてあげると一生懸命私のほうを見ようとしていました。でも体には力が入らない様子。僕の腕の中でぐったりとしていました。

術後でうんちが体に少し着いてしまっているから匂うかもしれない と看護師さんに言われました。

正直、そんなことは全く気になりませんでした。むしろうんちの匂いですら愛おしく感じました。本当に愛おしいのです。全てが。

 

体を揺らさないようにゆっくりゆっくりと帰宅。ベッドの上に寝かせましたが、動くことはできません。病院でもらった缶詰の食事を口元に持ってきますが食べません。

もうまる2日何も食べていないので何かを胃に入れなきゃと思い、大好きなジャーキーを細かく刻んで口にもっていきましたが、これもダメでした。

相変わらず水も飲んでくれません。

 

その時妻はなんとか出張中断の段取りをつけ、自宅へ向かっていました。出張先から自宅までは約6時間です。アメリカの国土の広さを呪いました。

どういう結末になるにしてもなんとか彼女が返ってくるまでは生きていてほしい。

そんな思いで彼のそばでずっと話しかけ続けました。

 

そんな時、奇跡が起きました。突然よろよろと立ち上がると、いつも水が置いてある場所までよたよたと歩き始めたのです。水を飲もうとするということは生きたいという事です。この時マロンは妻が返ってくるまで生きるという意志を見せたのだと思います。

しかしこの後2度と立ち会がることはありませんでした。

水を1口、2口なめるとその場でペタッと横になってしましました。ベッドと毛布を移動させてその場で看病を始めました。

 

彼女が最寄りの空港に到着するのは夜中の1時、自宅に着くのは1時半くらいになるとのこと。

その時、時刻は夜9時くらいです。目はちゃんと開き、少し苦しそうですが呼吸は安定した状態が3時間ほど続きました。

 

事態が急変したのは夜中の1時を回ったころ。

突然呼吸が荒くなってきました。食事をとっていないので緑色の胆液も口から出ています。

「がんばれがんばれ、あと30分で妻が返ってくる。一番君が会いたい人が帰ってくる」と励まし続けましたが、午前1時10分、大きくいちど深呼吸をすると、その後彼の体が2度と動くことはありませんでした。

 

彼が呼吸を止めてから5分後、妻からのLine【今空港付いたから、全速力で帰る!】。

【わかった!気を付けて帰ってきて!】それしか言えませんでした。全てを言ったら、彼の魂がこの世を去ってしまいそうで。

 

それから彼女が帰ってくるまで、一人になってしまった家の中で彼が冷たくならないようにずっと体をなで続けました。

それから15分後、彼女が家のドアを開けた時のことを今でも鮮明に覚えています。真実を伝えなくてはいけないけど適切な言葉が見つからず、出てきたのは「だめだった。マロンだめだった」でした。

それを口にした瞬間、妻よりも先に私が泣いてしまいました。こんなに本気で泣いたのは子供の時以来だと思います。

妻は本当になりふり構わず泣きじゃくり、洋服が汚れるのも気にせず彼を抱きしめていました。

 

すこし落ち着いてきた時にふと妻が「まだ体があったかいからマロンはここにいるね」と言いました。

この言葉で少し救われました。本当は生きているうちに二人を会わせてあげたかったです。でもそれは叶わなかった。だけどせめて体温が残るうちに会う事ができた。

辛くて痛くて苦しいのにこの温もりを残す為に何時間も頑張ってくれたマロンに本当にありがとうと伝えたいです。

最後の最後までかっこいいやつでした。

 

これが僕らに起きた出来事です。愛犬との別れはいつか、でも必ず訪れます。その時に後悔をしないよう、たくさん遊んであげてください。小さな変化もちゃんと見てあげてください。そしてたくさん愛してあげてください。

最後の夏に。落ちた葉とともに。

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